漫画「MAJOR」の早乙女武士のモデルは横浜高校在学中に急死した丹波選手かもしれない

漫画「MAJOR」の早乙女武士のモデルは横浜高校在学中に急死した丹波選手かもしれない


日刊スポーツホームページでこんな記事を見た。
「2019年4月14日6時1分
丹波が生きていれば松坂以上に/渡辺元智5」


横浜高校に、丹波慎也選手という選手がおり、
生きておれば松阪大輔以上になったと渡辺元智御大に太鼓判を押されていた選手で、
高校2年で急死したといいます。

上記記事によると、
95年8月。将来を嘱望された丹波慎也が高校2年で亡くなった。秋の県大会に向けて練習試合を終え、自宅に帰った翌朝に急死した。「頭が良くて不言実行。礼儀正しく無駄口をたたかない。時間があれば黙って外野を走る優等生だった」。

だったそうです。

そこで思い出すのが、
週刊少年サンデーに掲載されていた大長編野球漫画「MAJOR」。
主人公茂野吾郎が入学した野球超名門校、海堂(かいどう)高校。
海堂高校の野球部では、「マニュアル野球」という、
選手に負荷を過剰に書けぬための徹底したシステム化された野球があった。
で、マニュアル野球ができたキッカケが、野球部長である早乙女の長男である武士(たけし)の急死だったといいます。
早乙女武士の活躍と、周防監督の猛稽古のお蔭で、海堂高校が強豪となるきっかけができたと言います。
で、早乙女武士3年の夏、雨天のなか準決勝を投げ切って風邪をひき、こじらせて肺炎になりました。
しかし責任感の強い武士くん、解熱剤をうって強引に決勝にも登板、県大会優勝を果たしました。
しかし無理をし過ぎて体が限界を超え、逝去しました。

早乙女武士の物語を映画化してもいいくらいです。

なんか、重なるな、満田先生はきっと頭の片隅にあったに違いない、と考えました。
違ったら、申し訳ありません。

あとあと、今掲載されている、吾郎のせがれ大吾が活躍する「MAJOR2ND」にも、
大吾の所属する風林中学野球部の1年先輩に丹波と言う人がいました。
なお、こちらの丹波さんは、風林高校に内部進学するので受験勉強しなくていいんで、
引退後も野球部の練習に付き合ってましたが、
練習中の負傷で戦列を離れました。

それはさておき。

いよいよ参院選前日。比例区は「大西つねき」さんで願います。


さて、いよいよ選挙戦も最終日を迎えました。
大西つねきの週刊動画コラム、
今迄アップしてこなかったものあげておきました。
これで、このブログにおいて、大西つねきの週刊動画コラムは全部あげました。
時間の限り拡散してください。
そして、比例区は「大西つねき」でと呼びかけてください。

あ、念のため申し上げます、
なぜかわかりませんが、公職選挙法によると、
SNSのメッセージ機能はOKですが、電子メールはNGだそうです。

2019.6.10「日本一まともな年金の話」大西つねきの週刊動画コラムvol.82


2019.6.17「理想主義者が世界を変える」大西つねきの週刊動画コラムvol.83


2019.6.24「お金で考えてはいけない」大西つねきの週刊動画コラムvol.84


2019.7.1「銀行業のあり方」大西つねきの週刊動画コラムvol.85


さて、これで、このブログは更新を止めます。
令和2年1月までに衆院選があれば、また、更新するかもしれません。
そのときがくるまで、ごきげんよう。
こなければ、いうまでもないでしょう。